真宗大谷派 樹徳寺|富山県黒部市宇奈月温泉|浄土真宗|

 

住職の念仏実感日記

 

序文

序文
 
私はすべての生活がみ仏のお見守りの下・み仏の願いの中に営まれていることを信じています。
そのことは念仏を申すことによって実感しています。この日記はそのときそのとき念仏をとおしての実感の記録としたいと存じます。
   
今日の仏教讃歌  光はみちて
 
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念仏はわれらを恍惚の境に導くものでない。現実の自身に目覚めしめるものである。
2011-01-13
月1度の7時月忌なので6時20分までに日記・晨朝・HP更新し、自坊を発ちました。7時黒部市Y家お勤め、Y家自家製の甘酒を念仏申して頂き心を温め、早朝寺役できる心身を喜びました。11時Tさん来寺、本堂での月忌。19時M家通夜でした。法話後の喪主の「母は長い間持病に苦労しました。」とご母堂を偲ぶ挨拶に念仏しました
 ナムアミダブツ ナムアミダブツ

【タイトルの典拠】岩波書店発行 岩波クラシックス9 歎異抄(金子大栄校注)P56 第9章(念仏もうしそうらえども・・・)の解説(一部分)
 
(趣味を深めると)日々の喧噪、争い、心配事・・・。そんな私たちの心をわずらわ
2011-01-12
寺役は月忌が3軒、 百ヶ日1軒、それに11時還浄の連絡受けた入善町下山(にざやま)M家お婆様の枕勤めでした。15時から18時まで途中30分K事務機N氏の来訪によるスキャナー操作指導以外は正味2時間半フルートでした。練習進むに連れて心の広がりを実感し、念仏しつつ心多歓義喜の御利益に浸りました
 ナムアミダブツ ナムアミダブツ

【タイトルの典拠】WAVE出版発行佐々木常夫著「働く君に贈る25の言葉」P116
 
山も山 道も昔にかわらねど 変わり果てたるわが心かな
2011-01-11
月忌勤めは午前中1軒昼過ぎ1軒、夕方3軒でした。1軒目の月忌後富山へ行きS家T子さん37回忌勤めました。T子さんは昭和50年宇奈月で28歳で癌で還浄されました。お参りはご母堂(80代後半)と次女(60歳?)のみ、私も含め当時若かったこと、過ぎ去った歳月のこと懐かしく語らい、お念仏申しました。

ナムアミダブツ ナムアミダブツ

タイトルについて】史跡板敷山にある石碑の歌。弁円が親鸞の弟子となり、各地を布教して歩いていて、この場所を通った時、昔ここで師と仰ぐ親鸞に危害を加えようとしたことを悔い、懺悔した歌とのこと。
 
1葬儀とは人の死を受けとめる作業。2葬儀にはグリーフケアの機能があると言われ
2011-01-10
8時40分S家出棺の勤め、10時Sホールで葬儀。一旦自坊へ戻りK氏の来訪面接(保護司として)。午後再び入善へ行き還骨勤め・寺参り、あとは月忌4軒で帰寺は18時でした。葬儀の正味時間は1時間ですが、遺族と事ごとに念仏しお勤めすべき僧侶の立場から言えば今日一日がK家弔いケアの一日でした。
 ナムアミダブツ ナムアミダブツ

【タイトルの典拠】大東出版社発行碑文谷創(ひもんや はじめ)著「死に方を忘れた日本人」   1=p86 2=p166
 
(死んだら仏に?への答えとして)仏にするという義務は残れる者にあるということ
2011-01-09
寺役は入善・黒部・富山の月忌4軒(他に坊守代行地元2軒)、10時からのF家49日法要そして19時からのS家通夜でした。63歳自死の方の通夜のこと一日中、心離れず、度々念仏に相談。残れる者が念仏申す身になることで、悔やまれる死を受け入れ、亡き人を諸仏と尊ぶ心の方向性をと願いつつ法話しました
 ナムアミダブツ ナムアミダブツ

【タイトルの典拠】東本願寺出版部発行金子大栄著 「現代人の信仰問答シリーズ1」p52

樹徳寺
〒938-0282
富山県黒部市宇奈月温泉129-1
TEL.0765-62-1621
FAX.0765-62-1710

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真宗大谷派
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