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住職の念仏実感日記

序文

私はすべての生活がみ仏のお見守りの下・み仏の願いの中に営まれていることを信じています。
そのことは念仏を申すことによって実感しています。この日記はそのときそのとき念仏をとおしての実感の記録としたいと存じます。
今日の仏教讃歌  光はみちて
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2019年3月2日(土)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務
〇地元で月忌2軒を勤めました(8時・10時45分)。
〇15時入善で1周忌を勤めました。法話では、法要において音木おんぎを入れて読経することについて、「読経するのは、その響きによって宗教的情緒を醸し出し、雑然とした心を清らかな世界へ向けさせていただくことにある。音木おんぎは清らかな響きで更に一層その情緒を深めるため(これは私の持論、私は清澄に響くよう音木を打つよう心がけている)。」と説明。「1周忌はむかわり(向き合う法要)と呼ばれる。御仏としてご尊父と向き合い敬う儀式と受け止めましょう。」とお話ししました。
 
温泉入浴  9時20分 総湯会館湯めどころで、念仏ルーティンワークしつつ心身を温め、今日の活力をいただきました。
 
フルート 13時から約1時間基礎メニューを70%ほどしました。法要から戻って16時40分から1時間出来たはずですが、やる気が起こらず、キンドル読書をしました。
 
就寝 21時30分
 
(以上報告終わり)
今日は、早朝日課を充実感をもって果たすことが出来た。2月疎かにしていた信徒名呼称各家イメージ訪問もした。そして、「これを始めたのは金子兜太の話を聞いてからだったなあ。」と思い、キンドルで金子兜太「 悩むことはない 」 を改めて読んでみた。
 
その中で金子兜太は毎朝、同じように120人から130人の亡くなった人の名前を順番に唱えているといっている。
更に小沢昭一との対談で次のようにあった。
 
小沢   それ はいいですね。 脳の血流が どんどん活発 になり そう です。 世話に なったり、 喧嘩 したり、 懐かしい 人は いっぱい おり ます からね。 それを名前で辿る という のは、 自分の生を毎日復習 する、 という こと にも なる わけ です ね。
 金子   イエス・サー、 イエス・サー。 お 経を唱える方は ずいぶんおる よう ですが、 私のやっ てる方 が、 もう少し創造的、 作り出す感じが あると思う んです。
 
私は、これを読んで「名前は働くものなのだなあ。名前を読むことは、その人と呼び交わしてその人に会っているのだなあ。」との思いを深め、信徒名呼称は怠りなく勤めよう、更に、御仏の御名みな南無阿弥陀仏を称えるようにしようと心を新たにした。
 
今日は所々で時間を作り金子兜太「 悩むことはない 」を読了した。
 
〇今日の言葉
おこころ おこころ おこころ おこころ   となえ あらわれ 呼びかけたもう   おこころ おこころ おこころ おこころ
【永田文昌堂発行木村無相著p152 おこころ 】
 
 〇明3日の外出予定
 8時30分~15時 入善方面
16時30分~20時30分 黒部・入善方面(19時セレモニーホール東部で通夜) 
 
  
 
 

2019年3月1日(金)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務
〇地元で8時30分から相次いで2軒の月忌を勤めました。
〇11時入膳T家の仏壇(250代名古屋仏壇とのこと)終いのお勤めをしました。6月15日は、現在お住まいの家に、新仏壇を入仏されるとのこと。その時のお勤めを頼まれました。「新しい仏壇でのお勤めを楽しみにしています。」と話し、念仏しつつ帰りました。
 
温泉入浴  13時30分 総湯会館湯めどころで、念仏ルーティンワークしつつ心身を温め、フルート練習の気力をいただきました。
 
フルート 15時30分から練習を始めましたが、どうしたことか、16時20分頃から眠気が強くやる気もなくなりました。ちょうど、基礎メニューの終わりだったので、寝室に行き念仏仮眠20分しました。17時からはレパートリー練習(A15曲、B7曲)。念仏仮眠の甲斐あって、眠気なく、曲(特に仏教讃歌)から吹く喜びをいただきました。
 
就寝 21時
 
(以上報告終わり)
今日から3月。「2月は早朝日課が乱れた(信徒名呼称、イメージ訪問がほとんどできなかった)。「今日から、早朝日課をしっかりしよう。」と思っていたが、会計整理に時間を費やし、しかも寒いので意気消沈してしまった。そのため本堂行き7時50分となり、晨朝だけで8時なってしまった。
 「明日からは、いさみの念仏をして心を浄土に遊ばせる時間を多くするよう心がけよう。また、そのようにお導きいただきたいなあ。」と念仏した。
 
〇今日の言葉
私は、真実信心に生きるということは、念仏によって育てられた仏の生命を生きる新しい私と、いまもなお地獄の生命を生きる古い私との、かぎりない葛藤、闘いに生きていくことであると思いとっております。その現実は、いつも古い地獄の生命が勝って、新しい仏の生命が負けることの多い日々ですが、いっそう念仏を大切にして、仏の生命をいっそう強く育てつつ生きていきたいものと念じています。【信楽峻麿著「真宗聖典学〈4〉正信念仏偈 (真宗学シリーズ)」p123信心と現実生活】
 
 〇明2日の外出予定
 9時台 温泉入浴 
14時30分~16時30分 入善行き
  
 
 

2019年2月28日(木)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務
〇入善町で七日勤め(9時)、黒部市で月忌1軒(10時)を勤めました。
〇夕方突然のご母堂100年生誕法要依頼の電話。18時15分 「このような法要は珍しいなあ」と念仏、表百を書き、100年生誕法要をお勤めしました 。(参集 ご本人のみ)
 
温泉入浴  11時40分 総湯会館湯めどころで、念仏ルーティンワークしつつ心身を温め、午後のやる気をいただきました。
 
フルート 14時から約1時間強、基礎メニューに終始しました(正味1時間強)
 
就寝 22時
 
(以上報告終わり)
夕方、黒部市浦山TU氏(71歳)から電話。「26年前(平成5年)74歳で亡くなった母の今日は100歳誕生日です。記念の法要をしてほしい。」とのこと。ご承諾し早速以下のような表白を書いた。
「敬って西方阿弥陀如来に申してもうさく。」で始めて「釈○○御生誕100年の喜びの法要を厳修し奉る。この法要において釈○○の子として生まれし不可思議のご縁を喜び、生まれた意義と喜びに思いを致されんことを願う。更には今日の感激をむねにして、益々 人生荘厳の歩みに精進されんことを。敬って申す。」
18時、同氏来寺ご母堂の「ご生誕100年法要」を勤めた。このような「今生きていたら今日が〇〇歳。その記念法要を」という申し出は初めての事。
「亡き人のご誕生○○年法要というのも、不可思議ないのちのつながり(=亡き人の出生があってこその、私の命)を敬い、亡き人と共に今も生きている自分を見つめるにふさわしい法要だなあ。このような法要が広まりますように。」と念仏し、厳粛にお勤めした。
 
〇今日の言葉
ナムアミダブツは如来の家 諸仏菩薩もおわします 亡き父・母もおわします 念仏申すそのことは諸仏菩薩を御招待 亡き父・母も御招待
【永田文昌堂発行木村無相著「念仏詩抄」p150 御招待】
 
 〇明3月1日の外出予定
  10時30分~12時 入善行き
  13時台 温泉入浴
 
 

2019年2月27日(水)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務  今日は月忌勤めはなく、次の二つの法務を勤めました。
〇10時 朝日町ひすい野ホールで入善町元町長・養照寺総代の柚木春雄様(享年87)のお葬儀。急きょ拡げたホールにあふれんばかりの参列者(300人以上か?)。その下、導師養照寺様の助音じょいんを勤めました。このように参列者の多いのは、地域の老若男女と親しく御同朋・御同行の人生をお過ごしされたお徳と、念仏しつつ朗々とお勤めしました。(焼香の列が長く続き、ご三人の丁寧な弔辞もあって本葬儀だけで11時となり、火屋勤めは12時となりました。) 
〇19時養照寺で月例声明会しょうみょうかいでした。お勤めの後、30分以上の総会があり(総会中は控室で待機)私の担当時間は20時から20時15分までの15分間でした。三帰依文唱和し、正信偈の「普放無量無辺光から一切群生蒙光照までの3行6句のコピー」を配布し、書き下し文を説明し、皆さんに3回繰り返して読んでいただきました。皆さん大きな声で明るく読んでくださいました。あっと言う間に15分が過ぎました。
 
温泉入浴  13時30分 総湯会館湯めどころで、念仏ルーティンワークしつつ葬儀の疲れを癒し、午後のエネルギーを補給させていただきました。
 
フルート 声明会しょうみょうかいの準備(配布資料作成とコピー)に1時間程時間を掛けた後、16時から17時30分まで(正味1時間強)基礎メニューを粗々と練習しました。この練習のお陰で、声明会のお勤め前後のフルート(真宗宗歌・恩徳讃)をとてもスムーズに吹くことが出来ました。
 
就寝 22時30分
 
(以上報告終わり)
〇 25日死去案内を受けて以来心を離れなかった柚木春雄様の葬儀が滞りなく終わった。今日はお葬儀の勤行に集中出来た。「あとに法話がないと、なんと集中できるのだろう!お勤めに集中出来ることはありがたいことだなあ。」と念仏実感した。
〇葬儀が終わり少しホッとしたものの、すぐに、「夕方の声明会しょうみょうかいのお勤め稽古をどのように進めようか。今月は総会があり、担当時間が短くなるだろう。短時間を効果的に稽古したい」と気になりだした。入浴後、「(真宗聖典のとおりの)正信偈本文」の今日予定箇所を書き出し、35枚コピーした。「これを説明し書き下し読みをしていただこう」と、気がかりを解消した。
〇「25日夜は公民館運営審議委員会、昨26日夜は通夜、今夜は声明しょうみょう会」と、三夜連続の会合・仏事で20時台の帰寺となり、生活リズムが乱れた。早寝早起きの念仏生活に明日から戻りたいなあ、と念仏イメージして就寝することにした。 
 
〇今日の言葉
静人は何十人、何百人と死者についての話を話を聞くうち、どんな人物でも肯定的にとらえ得る要件として、三つのことが残ったと話した。
「その人は、誰を愛したか、誰に愛されたか、どんなことで人に感謝されることがあったか」
 毎日数人ずつ死者を訪ねてゆくなかで、この三つを知ることが出来れば、ほかと違った人物として一人一人を心に残していける。
さらに大事なことは、たとえその人が病人であろうと、障碍を抱えていようと、仕事の有る無しも関係なく、また人生経験の少ない子ども、あるいは赤ん坊であっても、こも三つの要件なら何らかのかたちで満たし得るということだった。
【天童荒太作 小説「悼む人」 p.182】
 
 〇明28日の外出予定
  8時30分~11時 入善・黒部行き
  11時台 温泉入浴
 
 

2019年2月26日(火)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務   
〇月忌は入善、黒部市舌山でそれぞれ1軒でした(9時、10時30分)
〇19時 ひすい野ホールで元入善町長柚木春雄様(享年87)の通夜でした。念仏しつつ十分に心身の姿勢を通夜に向け整えました。お陰で、精一杯のお勤めし、念仏イメージどおり法話をすることが出来たように思います。参列者200名ほどでした。
 
準法務  2月18日、19日のご朱印紙申し込み用紙の有ることを昨日ようやく気付きました。7時30分、この2名(18日=高岡男性 19日=東京男性)の朱印紙を作成しました。1週間も遅れてしまったことを詫びて、9時30分入善で投函、ホッと念仏しました。
 
温泉入浴  
 
フルート 16時30分から17時25分まで、正味30分。ロングトーン少々・音階練習・移調練習を少しずつしました。通夜目前にして落ち着かない中に、このように僅かながらも練習できたことに喜びの念仏をしました。
 
 
就寝 22時20分
 
(以上報告終わり)
 
 昨25日朝、養照寺様から入善町元町長・養照寺総代の柚木春雄様死去・26日通夜、27日葬儀の案内を受けた。それ以来、「通夜の法話をどのようにすればいいだろう。きっと今回は参列も多いことだろう。その方々に共感していただけるような法話をしたい。」と通夜法話が気になって仕方がなかった。
 「数えきれないほど通夜法話しているのに、この不安な気持ちは変わらないなあ。でも、今回は特に気になるなあ。『今回はきっと参列者が多いことだろう。私を知っている方も多いだろう。その参列者に私の話を感心してもらいたい。』という自己顕示欲だろうか・・。自信のなさだろうか・・」と私自身の聞法姿勢を念仏内観して朝からの念仏生活をした。ともかく、何をしていても「通夜法話、うまくいくかなあ。」の気持ちが波のように大きくなったり小さくなったりして押し寄せてきていた。念仏しつつこの乱れる心をしずめ清めて過ごした。
 しかし、通夜会場に向かうにつれて、その不安な気持ちが薄らいで、骨ガメを書くころから気持ちが通夜に集中してくることを念仏実感。
通夜勤行は集中力をもって出来た(お勤めの中に自分が入って行く感じ〈感情移入?〉)。そのような精神状態で法話に集中出来た。内容はいつもの通り。葬儀とは私自身の故人への労い感謝の気持ち、御仏としての敬いを高め、深める儀式(「 ご苦労様、ありがとうございました、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・」の心になる儀式)
法話終わって、「精一杯通夜を勤めることが出来たなあ。存分にお話しできたなあ」という安堵と快さを感じて帰寺、晩酌し就寝まで過ごした。
 本当に、心の起伏の多い一日だった。
 
〇今日の言葉
乱れる心を静め、濁れる心を浄めるものは礼拝念仏の他ありません【東本願寺出版部発行金子大栄著 現代人の信仰問答シリーズ6 p31】
 
 〇明27日の外出予定
  9時~12時30分 ひすい野ホール・東部斎場
  18時~20時30分 養照寺(2月声明会しょうみょうかい
 
 
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