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住職の念仏実感日記

序文

私はすべての生活がみ仏のお見守りの下・み仏の願いの中に営まれていることを信じています。
そのことは念仏を申すことによって実感しています。この日記はそのときそのとき念仏をとおしての実感の記録としたいと存じます。
今日の仏教讃歌  光はみちて
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2019年3月4日(月)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務 今日は月忌勤めなく(法務皆無となるはずだった)、入善町東狐KO様(享年89女性)の葬儀だけでした。(葬儀13時 火屋勤め14時)
導師 養照寺様、浄慶寺相伴の下で、助音じょいんを勤めました。3人のお勤めが響きわたりました。朗々としたお勤めによって、私自身、心を浄土に遊ばせていただきました。
 
準法務  8時30分過ぎ、3月1日に申し込みのあったご朱印紙を作成、大垣市の男性に送付しました。
  朱印紙作成は、気を遣いますが、「冬場は伝道掲示を、外してあるのに、よくお出で下さることよ。ネットのお陰かなあ。」とありがたく念仏しました。
 
温泉入浴 9時30分 総湯会館湯めどころで、念仏ルーティンワークしつつ心身を温め、活力をいただきました。「このように、朝から入浴できるなんて、本当にありがたいことだなあ。」としみじみ念仏しました。
 
フルート 葬儀を終え疲れていましたが、20分程の念仏仮眠で回復、16時から正味1時間強、基礎メニュー中心に練習しました。17時になってレパートリー8曲しました。練習が進むにつれて喜び心が大きくなってきました。
 
就寝 21
 
(以上報告終わり)
〇今日は、午後からの葬儀だった。そのため午前中は楽だった。早朝メニューをしっかりやり、温泉入浴でのんびり過ごさせていただいたことを喜びの念仏をした。
〇更に、一日を振り返り、「法務・温泉入浴・フルートの三本立て念仏生活を穏やかに過ごすことが出来たことよ」と、念仏しつつ喜んだ。
 
〇今日の言葉
私たちは、よろこびをもって生きたい。それを待っているだけでなく、自分からさがし出すことに慣れなければならない。どんなつまらないことであってもいい、それをきょう一日の収穫として大事にしたい。
〈よろこび上手〉こそ苦しい世に生きていく知恵なのだ、とぼくは思うのです。
【五木寛之著「生きるヒント」ー自分の人生を愛するための12章ー1章  歓ぶ】
 
 〇明5日の外出予定
 10時30分 市民センター行き(確定申告)
 
  
 
 

2019年3月3日(日)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務
〇9時入善で月忌、15時地元で月忌、17時黒部市栃屋で五七日1軒を、1軒約2,30分ずつ掛けてお勤めしました。
〇10時 セレモニーホール東部で朝日町月山TK家ご母堂の49日忌。養照寺様の助音じょいんを勤めました。養照寺様とのお勤め(特に49日忌)は淡々としたお勤めで30分弱で終わります。今回も「もっと時間と心を掛けて丁寧にお勤めされたら良いのになあ。これでお布施をいただくのは、勿体ないことだなあ。」と思いつつも、それに従って助音じょいんを勤めました。
〇11時 入膳で従兄の3回忌法要。一人勤めなので、存分に勤めさせていただきました。お勤め終わってフルート演奏をしました。(千の風になって、なんまんだぶつの子守歌)。その後参会の10名とお斎をいただきました。気心の知れた人ばかりなので坊守も仲間入りし話が弾み笑いが絶えませんでした。
〇19時 再びセレモニーホール東部で入善町東狐KO様(享年89女性)通夜を勤めました。(30名ほど参集)通夜法話は今回も「ごくろうさま、ありがとうございます、南無阿弥陀仏」の響きわたる葬儀にしましょう」で結びました。
 以上、今日は、大変忙しかったですが、すべてありがたくお勤めさせていただきました。
 
温泉入浴  
 
フルート 8時ごろ15分程リハーサルを兼ねて音出し少々。入膳AT家、従兄49日法要で2曲演奏しました。
 
就寝 22時30分
 
(以上報告終わり)
〇今日は、定例的法務(月忌・七日勤め等)3軒。それに加えて49日忌・3回忌(お斎あり)・通夜と、忙しく充実した一日だった(朝8時自坊を出て14時30分一旦帰寺。16時40分再び自坊を出て20時30分帰寺。)事前に十分に念仏イメージし準備怠りなくしてあったので、すべて時間通り、滞りなく進めさせていただいた。
〇このように、動き回っても、あまり疲れることがないのは、
①坊守協力運転のお陰で、運転に心身のエネルギーを費やすことがないから。
②どのお勤めも、お勤めによって私自身が、心を浄土に赴かせていただき、心を浄土に遊ばせていただいているから。【つまり、念仏と共に、(100%まるっきりではないが)御仏の励ましを感じてお勤めさせていただいているから。】
とありがたく、今日の念仏生活を喜ばせていただいた。
〇そうは言うもののいつもながら、「通夜法話どのようにしようか。」との通夜法話のことに対してのあらぬ妄念妄想が時所かまわず出てきた。そのたびに、「いけない、いけない、ナンマンダブツ、ナンマンダブツ。」と心を鎮めさせていただき、自分に立ち返らせて過ごした一日でもあった。
 
〇今日の言葉
我々は仏のまことを念仏申すところに知らせて頂くのである。その念仏にこそ、どこまでもおのれに立ち返り、自分に責任を負っていく力がある。念仏衆生摂取不捨とは念仏するところに仏力が現れてくると言うことである【(樹徳寺パソコン内保存)金子先生み言葉集】】
 
 〇明3日の外出予定
 9時30分 温泉入浴
12時~15時 入善方面(13時セレモニーホール東部で葬儀) 
 
  
 
 

2019年3月2日(土)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務
〇地元で月忌2軒を勤めました(8時・10時45分)。
〇15時入善で1周忌を勤めました。法話では、法要において音木おんぎを入れて読経することについて、「読経するのは、その響きによって宗教的情緒を醸し出し、雑然とした心を清らかな世界へ向けさせていただくことにある。音木おんぎは清らかな響きで更に一層その情緒を深めるため(これは私の持論、私は清澄に響くよう音木を打つよう心がけている)。」と説明。「1周忌はむかわり(向き合う法要)と呼ばれる。御仏としてご尊父と向き合い敬う儀式と受け止めましょう。」とお話ししました。
 
温泉入浴  9時20分 総湯会館湯めどころで、念仏ルーティンワークしつつ心身を温め、今日の活力をいただきました。
 
フルート 13時から約1時間基礎メニューを70%ほどしました。法要から戻って16時40分から1時間出来たはずですが、やる気が起こらず、キンドル読書をしました。
 
就寝 21時30分
 
(以上報告終わり)
今日は、早朝日課を充実感をもって果たすことが出来た。2月疎かにしていた信徒名呼称各家イメージ訪問もした。そして、「これを始めたのは金子兜太の話を聞いてからだったなあ。」と思い、キンドルで金子兜太「 悩むことはない 」 を改めて読んでみた。
 
その中で金子兜太は毎朝、同じように120人から130人の亡くなった人の名前を順番に唱えているといっている。
更に小沢昭一との対談で次のようにあった。
 
小沢   それ はいいですね。 脳の血流が どんどん活発 になり そう です。 世話に なったり、 喧嘩 したり、 懐かしい 人は いっぱい おり ます からね。 それを名前で辿る という のは、 自分の生を毎日復習 する、 という こと にも なる わけ です ね。
 金子   イエス・サー、 イエス・サー。 お 経を唱える方は ずいぶんおる よう ですが、 私のやっ てる方 が、 もう少し創造的、 作り出す感じが あると思う んです。
 
私は、これを読んで「名前は働くものなのだなあ。名前を読むことは、その人と呼び交わしてその人に会っているのだなあ。」との思いを深め、信徒名呼称は怠りなく勤めよう、更に、御仏の御名みな南無阿弥陀仏を称えるようにしようと心を新たにした。
 
今日は所々で時間を作り金子兜太「 悩むことはない 」を読了した。
 
〇今日の言葉
おこころ おこころ おこころ おこころ   となえ あらわれ 呼びかけたもう   おこころ おこころ おこころ おこころ
【永田文昌堂発行木村無相著p152 おこころ 】
 
 〇明3日の外出予定
 8時30分~15時 入善方面
16時30分~20時30分 黒部・入善方面(19時セレモニーホール東部で通夜) 
 
  
 
 

2019年3月1日(金)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務
〇地元で8時30分から相次いで2軒の月忌を勤めました。
〇11時入膳T家の仏壇(250代名古屋仏壇とのこと)終いのお勤めをしました。6月15日は、現在お住まいの家に、新仏壇を入仏されるとのこと。その時のお勤めを頼まれました。「新しい仏壇でのお勤めを楽しみにしています。」と話し、念仏しつつ帰りました。
 
温泉入浴  13時30分 総湯会館湯めどころで、念仏ルーティンワークしつつ心身を温め、フルート練習の気力をいただきました。
 
フルート 15時30分から練習を始めましたが、どうしたことか、16時20分頃から眠気が強くやる気もなくなりました。ちょうど、基礎メニューの終わりだったので、寝室に行き念仏仮眠20分しました。17時からはレパートリー練習(A15曲、B7曲)。念仏仮眠の甲斐あって、眠気なく、曲(特に仏教讃歌)から吹く喜びをいただきました。
 
就寝 21時
 
(以上報告終わり)
今日から3月。「2月は早朝日課が乱れた(信徒名呼称、イメージ訪問がほとんどできなかった)。「今日から、早朝日課をしっかりしよう。」と思っていたが、会計整理に時間を費やし、しかも寒いので意気消沈してしまった。そのため本堂行き7時50分となり、晨朝だけで8時なってしまった。
 「明日からは、いさみの念仏をして心を浄土に遊ばせる時間を多くするよう心がけよう。また、そのようにお導きいただきたいなあ。」と念仏した。
 
〇今日の言葉
私は、真実信心に生きるということは、念仏によって育てられた仏の生命を生きる新しい私と、いまもなお地獄の生命を生きる古い私との、かぎりない葛藤、闘いに生きていくことであると思いとっております。その現実は、いつも古い地獄の生命が勝って、新しい仏の生命が負けることの多い日々ですが、いっそう念仏を大切にして、仏の生命をいっそう強く育てつつ生きていきたいものと念じています。【信楽峻麿著「真宗聖典学〈4〉正信念仏偈 (真宗学シリーズ)」p123信心と現実生活】
 
 〇明2日の外出予定
 9時台 温泉入浴 
14時30分~16時30分 入善行き
  
 
 

2019年2月28日(木)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務
〇入善町で七日勤め(9時)、黒部市で月忌1軒(10時)を勤めました。
〇夕方突然のご母堂100年生誕法要依頼の電話。18時15分 「このような法要は珍しいなあ」と念仏、表百を書き、100年生誕法要をお勤めしました 。(参集 ご本人のみ)
 
温泉入浴  11時40分 総湯会館湯めどころで、念仏ルーティンワークしつつ心身を温め、午後のやる気をいただきました。
 
フルート 14時から約1時間強、基礎メニューに終始しました(正味1時間強)
 
就寝 22時
 
(以上報告終わり)
夕方、黒部市浦山TU氏(71歳)から電話。「26年前(平成5年)74歳で亡くなった母の今日は100歳誕生日です。記念の法要をしてほしい。」とのこと。ご承諾し早速以下のような表白を書いた。
「敬って西方阿弥陀如来に申してもうさく。」で始めて「釈○○御生誕100年の喜びの法要を厳修し奉る。この法要において釈○○の子として生まれし不可思議のご縁を喜び、生まれた意義と喜びに思いを致されんことを願う。更には今日の感激をむねにして、益々 人生荘厳の歩みに精進されんことを。敬って申す。」
18時、同氏来寺ご母堂の「ご生誕100年法要」を勤めた。このような「今生きていたら今日が〇〇歳。その記念法要を」という申し出は初めての事。
「亡き人のご誕生○○年法要というのも、不可思議ないのちのつながり(=亡き人の出生があってこその、私の命)を敬い、亡き人と共に今も生きている自分を見つめるにふさわしい法要だなあ。このような法要が広まりますように。」と念仏し、厳粛にお勤めした。
 
〇今日の言葉
ナムアミダブツは如来の家 諸仏菩薩もおわします 亡き父・母もおわします 念仏申すそのことは諸仏菩薩を御招待 亡き父・母も御招待
【永田文昌堂発行木村無相著「念仏詩抄」p150 御招待】
 
 〇明3月1日の外出予定
  10時30分~12時 入善行き
  13時台 温泉入浴
 
 
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