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住職の念仏実感日記

2019年3月11日(月)

〇今日の念仏所感
(ご本尊への報告)
法 務  〇 8時50分高松葬祭社長善意運転で朝日町ひすい野ホール行き・10時 朝日町平柳IA様(享年96女性)葬儀で導師養照寺様の助音じょいんを勤めました。願生寺若院がご相伴されたので彼に火屋勤めをお願いしました。葬儀は粛々と進み10時50分に終了。再び高松社長の善意運転で11時25分に帰りました。「3人で勤めると、響きに厚味が増し、良いなあ。火屋勤めを願生寺若院にお任せしましたので、いつもより30分以上早く帰寺できた。ありがたいなあ。」と念仏しました。
〇14時、入善町で月忌1軒つとさせていただきました。
 
温泉入浴  11時45分 総湯会館湯めどころで、温泉入浴。念仏ルーティンワークをしつつのんびり入浴、葬儀の疲れを取っていただき、葬儀の緊張感を和らげていただきました。
 
フルート  15時50分から正味1時間30分、基礎メニューを中心(レパートリーはA3曲のみ)に練習しました。一昨日昨日とちがい十分時間が取れたことを喜び念仏しました。
 
 
就寝 21時20分
 
(以上報告終わり)
〇今日は法務(葬儀1軒・月忌1軒)、温泉入浴・フルートの三本立て念仏生活を出来たことを喜び念仏した。
 
〇早朝は、5冊順次細切れ読書を止め、15日に迫ってきた富山別院ご命日のつどいでの法話の準備(板書の代わりの掲示物作成等)を1時間ほどした。「15日朝まで早朝は別院法話の準備に時間を充てよう。」と念仏した。
 
〇今日は東日本大震災満8年の日だった。「この記憶を私の人生の中に大切にとどめたい。常にみ光の中に生活していることを憶念したい。そうすればいつ死んでもいいのでは・・。」とこの年の4月から食前食後の言葉「み光の下 ・・・(小声で)南無阿弥陀仏」「我れ今 この清き食を・・・(小声で) 南無阿弥陀仏」を唱えるようにした。今も続いていることで、この食事前後の念仏ルーティンワークが定着してきたことを喜び念仏。「この食前食後の言葉は私の食生活を丁寧にしてくださっている。」と念仏した。
 
〇今日の言葉
 人生というものは本当に何があるか分からない。だから、死をどうこうと言うよりは、まず今、せっかく命があるのだから、日々を丁寧に生きてみる、ということに眼を向けてみてはどうだろうか。
いま目の前にいる誰かと会っている時間とか、いま食べているもの、いま家で休めることの幸いなど、そういう一つひとつをもっと丁寧に感じてもいいのではないでしょうか。
例えば、私の仕事がすごく乗っていて、「あともう少しで完成だ、これを世に問えばすごい賞がもらえるかもしれない」と息巻いていたとします。でもその翌日に交通事故で死んでしまうかもしれないわけです。そんなことは世のなかにたくさんあるのです。無理を重ねて、家族を犠牲にして、多額の賞を得ても、いきなりすべてが無意味になるケースは少なくない。
でも、日々丁寧に生きていれば、その仕事は完成しなかったかもしれないけれども、丁寧に生きた、という実感は確かに残るのです。・・・毎日を丁寧に生きてきたという実感の方が、最後には残っていくのではと思っています。
  
【真宗会館発行 ザインVol.3 P24 天童荒太の言葉】
 
 
〇明12日の外出予定
 10時30分~12時 入善
 16時30分~19時 あいの風 
 
  
 
 
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